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神戸地方裁判所 平成2年(ワ)907号 判決

原告

中道勝

右訴訟代理人弁護士

麻田光広

丹治初彦

被告

中尾源次郎

右訴訟代理人弁護士

馬場康吏

馬場久枝

主文

一  被告は、原告に対し、金一〇九三万三三二二円及びこれに対する平成元年五月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告の請求

被告は、原告に対し、金二八三九万八五三六円及びこれに対する平成元年五月六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実など

1  (本件事故の発生)

次のとおりの交通事故が発生した(争いがない)。

日時 平成元年五月六日午後二時一〇分頃

場所 神戸市灘区岩屋中町一丁目五番一五号先の交差点(以下「本件交差点」という)内

加害車両 被告運転の軽四輪貨物自動車(以下「被告車」という)

被害車両 原告運転の普通貨物自動車(以下「原告車」という)

態様 本件交差点内を南方から北方に向かって進行していた原告車に対し、同交差点内を東方から西方に向かって進行してきた被告車が衝突。

2  (原告の治療経過)

原告は、本件事故後、右外傷性顔面神経麻痺と頚椎捻挫について次のとおり入通院して治療を受けた(甲二号証、三号証の一ないし五、四号証の一ないし一二、五号証の一ないし三〇、七号証の一ないし五、八号証、一〇号証、一三、一四号証、乙三、四号証、六及び七号証の各一・二、八号証の一ないし二〇、原告本人の供述。なお、原告が同事故によって頚椎捻挫の傷害を負ったこと自体は争いがない。)。

(一) 平成元年五月八日から同年七年一〇日までの間 協和病院に入院(六四日間)

(二) 同月一一日、一八日 国立神戸病院に通院

(三) 同月一五日から同年八月二七日までの間 神戸市立中央市民病院に通院(実日数七日間)

(四) 同月二八日から同年九月一一日までの間 同病院に入院(一五日間)その間、顔面神経減荷(減圧)術施行。

(五) 同月一二日から平成二年五月一五日までの間 同病院に通院(実日数一〇日間)

(六) 平成元年一〇月一四日から平成二年七月三一日までの間 細田接骨院に通院(実日数一三一日間)

3  (被告の責任原因)

被告は、本件事故当時、被告車を所有していたから、自賠法三条により、原告が同事故によって被った損害を賠償すべき責任を負う(争いがない)。

二  主たる争点

1  原告の右顔面神経麻痺と本件事故との間の相当因果関係の有無

(原告の主張)

原告の右顔面神経麻痺が本件事故による外傷性のものであって、同傷害と同事故との間に相当因果関係が存在することは、原告の同事故直後からの症状発現の経緯、初診時の協和病院の河村宗典医師(以下「河村医師」という)の診断内容と水越鉄理本件鑑定人(以下「水越鑑定人」という)の鑑定結果(以下「本件鑑定」という)から明らかである。

(被告の反論)

一般に、外傷性顔面神経麻痺は顔面神経に対して相応の外力が加わった場合に初めて発生するものであるから、骨折や顔面神経部に出血ないし浮腫を伴うことが通常であるところ、本件では、原告が本件事故の際に右耳介部を打撲したことについては極めて疑わしいし、また、同事故後に実施されたCTスキャンでは顔面神経管の著明な異変は認められなかったし、前記顔面神経減荷術施行の際にも、骨折線や出血ないし浮腫が認められなかったことからすると、原告の右顔面神経麻痺は、外傷性のものではなく、ストレス等が契機となって突発的に発症するいわゆるベル麻痺によるもの(私病)と考えるべきである。

そして、神戸市立中央市民病院において原告に対して右手術を実施した水上千佳司医師(以下「水上医師」という)自身が、原告の右顔面神経麻痺について、外傷性のものか、ベル麻痺によるものかは不明であると述べているのであるから、原告の同麻痺と本件事故との間に相当因果関係が存在するとは認められない。

2  後遺障害としての右顔面神経麻痺の程度

(原告の主張)

(一) 原告の右顔面神経麻痺は、平成二年五月一五日、神戸市立中央市民病院において後遺障害として症状固定となった旨診断されたが、表情筋の運動不全が残り、同時点における顔面神経麻痺の判定スコアは四〇点満点中二六点という程度であったし、右顔面神経麻痺に伴って眼を開け続けることが困難になり、眼の易疲労性等から自動車運転にも支障を来しており、現在まで、これらの症状は改善されていない。

(二) そして、原告は、これまで一貫して営業畑の仕事に従事してきた営業マンであり、他の仕事への職種変更が困難であるところ、右顔面神経麻痺による後遺障害は、顧客との対応や対人関係形成等で致命的な欠点となり、労働能力に大きな影響を及ぼしている。

(三) それゆえ、原告の右後遺障害は、自賠法施行令後遺障害等級九級一〇号「神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの」に該当するから、労働能力喪失率を三五パーセントとして後遺障害による逸失利益を算定するのが相当である。

(被告の反論)

仮に、原告の右顔面神経麻痺が本件事故と相当因果関係のある傷害であるとしても、右症状の程度は相当回復してきており、後遺障害としてはせいぜい同等級一四級に相当するにすぎない。そして、軽度の顔面神経麻痺については、男性の顔面醜状痕の場合と同様に労働能力の低下をもたらすことはないというべきであるから、右後遣障害による逸失利益は認められない。

3  過失相殺

(被告の主張)

本件交差点は、ほぼ同じ程度の幅員の道路が交差する交差点であり、原告車又は被告車のいずれかに優先関係の認められる事案ではなく、出会頭の事故であったから、原告にも、本件事故の発生について右方道路に対する安全確認を怠った過失があるから、原告の損害額の算定に当たっては、四割を下回らない過失相殺を行うべきである。

(原告の反論)

被告車が進行した東西道路については、本件交差点の西側道路について一旦停止の標識があり、また、原告が進行した南北道路は東西道路よりも明らかに幅員が広いし、原告車は被告車の左方車に当たるから、原告車が被告車に対して優先関係にあったことは明らかである。

そして、原告は、本件交差点南側手前約一〇メートルの地点から減速して同交差点内に進入したのに対し、被告は、同交差点東側手前約六メートルの地点から加速して進入するという危険な走行方法を採っている。

以上によれば、本件事故は、被告の重大な過失によって惹起されたものといわなければならない。

第三  当裁判所の判断

一  原告の右顔面神経麻痺と本件事故との間の相当因果関係の有無

1  本件事故の発生状況と原告の症状、治療経過等

前記「争いのない事実など」と証拠(甲一、二号証、三号証の一ないし五、四号証の一ないし一二、五号証の一ないし三〇、六号証の一・二、七号証の一ないし五、八号証、九号証の一・二、一三、一四号証、一五号証の一ないし一二、一七号証、一八号証の一ないし七、一九及び二〇号証の各一ないし四、乙一号証の一・二、二ないし五号証、六及び七号証の各一・二、一六号証、検乙一ないし五号証、河村医師及び水上医師の各証言、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆するに足りる証拠はない。

(一) 原告は、本件事故当日(平成元年五月六日[土曜日])、原告車を運転し、南方から北方に向かって本件交差点内を進入通過しようとした際、折から、右(東)方から西方に向かって進行してきた被告車を発見し、左に転把すると同時に急ブレーキをかけたものの、間に合わず、原告車右前部に被告車左前部が衝突した。

(二) そして、原告は、右衝突時の衝撃によって、運転席(シートベルト着用)においていったん前かがみになった後、その反動で身体が後方へそり返った。

なお、原告車は、同事故の結果、右前部のフェンダー、バンパー及びライト等が破損した。

(三) 原告は、同事故直後には物損処理にするということで被告と別れたものの、同日夜頃から頚部の痛みを感じ、被告に対し医者に診てもらうことにする旨を電話連絡したが、さらに、翌七日(日曜日)夕方頃から、舌の痺れ、口唇の痺れ等が生ずるようになり、右眼瞼下垂の症状も現れてきたため、同月八日、協和病院を訪れた。

(四) 同病院の河村医師は、原告につき、頚部レントゲン検査や頭部CTスキャン検査等によっては局所の外傷を認めなかったものの、同人から前記のような本件事故の状況について説明を受けるとともに、右頬部顔面神経起始部に圧痛が存在すること等から、右外傷性顔面神経麻痺、頚椎捻挫と診断した。

(五) その後、原告は、同病院に入院して投薬及び理学療法による治療を受けたものの、前記症状のほか右開眼困難、眼球乾燥等の症状も出現し、症状の改善がみられなかったため、同病院を退院することとし、同病院の紹介に基づき、同年七月一五日以降、神戸市立中央市民病院に転医して通院し、同年八月三〇日には同病院において前記顔面神経減荷術を受けた。

(六) 同病院の水上医師(主治医)は、右手術時において、右耳介部付近の顔面神経走行箇所を精査したところ、骨折線や腫瘍が認められず、また、神経鞘については下部には膨出がみられなかったけれども、上部には普通程度の膨出がみられ、さらに、耳小骨の関節が一部ずれているのを認めた。

なお、右手術の際のウィルス検査の結果、原告の顔面神経麻痺がウィルス感染によるものとは考えられていない。

(七) 原告は、右手術後もなお、舌の痺れ、味覚低下、右眼の開閉困難、痛み及び易疲労性、口角下垂等の症状が残存しており、平成二年五月一五日、同病院において症状固定と診断された。

2 ところで、被告は、前記のような本件事故の発生状況と原告については骨折や顔面神経部に著明な異変が認められないこと等を理由として、原告の右顔面神経麻痺は外傷性のものではなく、突発性のベル麻痺によるものである旨主張しているので、この点について検討する。

(一)  確かに、原告の外傷の有無については、骨折線が認められないことは前記認定のとおりであるし、また、前記水上医師は、その証言時及び乙一号証の二の作成に際して、原告の右顔面神経麻痺の原因について、本件事故による外傷性のものか、突発性のベル麻痺によるものかは不明である旨述べている。また、証拠(甲二二、二三号証、乙一三号証、水上医師及び水越鑑定人の各証言、本件鑑定)によると、顔面神経麻痺の原因別の患者数については、統計的には、その大半がベル麻痺によるものであり、次いでハント症候群(ウィルス感染)によるものが多く、これらを合計すると全体の約七割以上にも達し、外傷が原因である患者の割合はかなり少ないとされていることが認められる。

しかしながら、一方、水上医師自身、骨折を生じさせない程度の外力であっても、顔面神経麻痺を生じさせる可能性を否定していないところであるし、右各証拠を総合すると、外傷と骨折線の有無との関係について、小池吉郎ほか四名による「外傷による顔面神経障害」と題する論文では、交通事故等の外傷によって生じたことが明らかな顔面神経麻痺患者の中で実際に手術を実施した三八名のうち、六名の者については骨折線を確認できなかった旨報告されていること、また、顔面神経麻痺発来後経過期間の短いものは同神経管内の浮腫が認められるが、比較的経過期間の長いものでは何ら神経そのものに変化が認められないというような場合が存在するとされていることが認められる。

そして、本件原告については、顔面神経の神経鞘に一部膨出がみられたことは前記認定のとおりである。

しかも、ベル麻痺と外傷性顔面神経麻痺の予後については、証拠(甲二二号証、乙一三号証、水上医師の証言)によると、一般に、ベル麻痺の場合には比較的予後が良く、短期間に治癒する場合が多いのに対し、頭部外傷性による即発性の顔面神経麻痺の場合には予後が余り良くなく、難治化、長期化する場合があるとされていることが認められる。

(二)  また、本件事故時における原告の打撲の有無については、確かに、原告は、当法廷における本人尋問に際しては「事故をやってしまったという思いが強く、どこをうったか記憶がありません」と述べており、また、証拠(甲二〇号証の一)によると、原告は、同事故後二か月を経て行われた警察官による事情聴取の際には、「座席のヘッドレストで後頭部を打った」旨を述べていて、右側頭部又は耳介部を打撲したとは述べていなかったことが認められる。

しかしながら、証拠(甲六号証の一・二、七号証の五、河村医師の証言)によると、河村医師は、前記治療時に、原告から、同事故時に運転席右側の窓で顔面を打った旨の説明を聞き、原告の右顔面神経麻痺は右頬部特に右顔面神経起始部を打撲したことに起因するものと判断していたことが認められ、また、証拠(甲一四号証、乙一号証の一・二、四号証)によると、原告は、神戸市立中央市民病院での診療当初には、担当医師や看護婦に対し、同事故の際に右耳後部を強打した旨を説明していたことが認められる。

右にみたような打撲部位に関する原告の供述の食違いや記憶の消失の事情については、交通事故に遭ったことによる興奮した精神状態のために打撲部位に関して明確な記憶が残らない場合も考え得るのであって、その他の諸事情の存在する本件においては、右事情だけを重要視することは必ずしも相当でないと考えるべきである。

(三)  そして、証拠(水越鑑定人の証言、本件鑑定)によると、水越鑑定人は、協和病院及び神戸市立中央市民病院の各診療録の内容、原告に対する直接の診察所見等を総合した上で、原告の右顔面神経麻痺については、本件事故直後にベル麻痺が偶発的に発症したというよりは、右側頭部の顔面神経起始部又は右耳介部を打撲するなどの機転で外力を受けたため、その衝撃によって右顔面神経鞘に血管性障害を来し、神経麻痺が生じた蓋然性の方が高いと判断していることが認められる。

加えて、被告自身、原告が同事故の際に頭頚部に加わった衝撃(外力)のために頚椎捻挫の障害を負ったこと自体は自認しているのである。

3 そして、これまでの認定説示、殊に、本件事故の発生状況及びその際の原告の身体の動き、前記神経鞘の一部膨出の存在等の手術所見、本件鑑定の判断内容と同事故直後に原告の診療に当たった河村医師の証言内容、そして、原告の右顔面神経麻痺がかなり難治化、長期化していること等を総合して考えると、同事故後に発症した原告の同麻痺は同事故の際に打撲などによって右側頭部又は耳介部に対し外力が加わったために発生した外傷性のものであると認めることができ、したがって、原告の同麻痺と同事故との間の相当因果関係の存在を肯認するのが相当である。

なお、被告は、原告は同人の妻が同事故当時癌のために入院しており、医師から数か月の余命である旨を告げられていたため、そのストレスが契機となってベル麻痺が発症した旨指摘しているところ、確かに、証拠(甲四号証の一二、五号証の一ないし三〇、原告本人の供述)によると、原告の妻は、平成元年二月以降癌の治療のため国立神戸病院に入院し、その後、同年七月一日に死亡したが、原告はその間同女の付添看病等に当たっていたことが認められる。

しかしながら、被告の右主張に従い本件証拠を仔細に検討してみても、右認定事実を超えて、原告が被告主張のような精神的ストレスのために突発的にベル麻痺が発祥したとする可能性を首肯させるに足りるだけの的確な医学的な証拠はなく、前記相当因果関係の存在を肯認するのを相当とした当裁判所の判断を左右するには至らないというべきである。

4 よって、原告の右顔面神経麻痺は本件事故によって生じたものと認めるのが相当である。

それゆえ、被告は、原告が右麻痺のために被った損害についても、同事故と相当因果関係があると認められる範囲内で賠償義務を免れない。

二  損害額の算定

1  治療費(細田接骨院分)  金四一万七二四〇円

証拠(甲一〇号証、乙八号証の一ないし二〇、一四号証の一ないし四、原告本人の供述)によると、原告は、平成元年一〇月一四日から平成二年七月三一日までの間、頚椎捻挫について細田接骨院に通院して治療を受け、合計金四一万七二四〇円の治療費を要したことが認められる。

2  文書料  金九〇九〇円

証拠(甲三号証の一、乙六及び七号証の各二、一四号証の五)によると、原告は、文書料として、協和病院につき金三〇九〇円、神戸市立中央市民病院につき金六〇〇〇円を各要したことが認められる。

3  入院雑費  金九万四八〇〇円

原告が協和病院及び神戸市立中央市、民病院を通じて合計七九日間入院したことは前記認定のとおりであり、原告の症状の内容及び程度からすると、その間の入院雑費は、一日当たり金一二〇〇円の割合でこれを認めるのが相当である。

4  休業損害  金五一三万六九八六円

(一) まず、証拠(甲一二号証、二一号証、証人正井攻の証言、原告本人の供述)によると、原告(昭和一〇年九月一八日生)は、本件事故当時(満五三歳)、その五年前くらいから、貸しおしぼりサービスを業務とする株式会社正井商事(代表者正井攻)の営業部長として勤務し、外回りをして新規に得意先を開拓するほか、顧客からの苦情処理を含めた営業全般を担当していたこと、原告は、同社勤務以前には、長年にわたってレストランやコーヒー販売店に勤務し、右同様に得意先開拓等の営業の仕事を続けていたこと、そして、原告は、正井商事就職後の昭和六三年頃には金約四〇〇万円の年収であったが、同年一二月頃の前記正井との話合いにより、平成元年以降は昇給分を含めて金五〇〇万円の年収(賞与込み)を必ず確保して支給するということが合意されたこと、しかるに、原告は、本件事故によって生じた前記傷害(頚椎捻挫及び右顔面神経麻痺)のため、前記認定のとおり平成二年七月末までの間入通院して治療を受け、その間は全く就労せず、正井商事社内で他の職種に就くことも困難であったことが認められる。

(二) 右認定事実によると、営業担当者という職種内容からすれば、本件事故当日から平成二年五月一五日に症状固定との診断を受けるまでの間の約一年余りの期間(三七五日間)については、頚部痛と右顔面神経麻痺に伴う前記症状のため、得意先の開拓のために外回りをし、訪問先で対人的な交渉事を行うことは相当困難であったと認められ、右事実に前記認定にかかる手術を含めた入通院期間と治療経過等を総合して考えると、原告は、前記期間にわたって同事故による受傷のために休業を要したものと認めるのが相当である。

そして、原告の収入額については、いわゆる賃金センサス平成元年第一巻第一表産業計企業規模計男子労働者学歴計(五〇歳―五四歳)においては、年収額が金六〇四万一一〇〇円とされていることをも考慮すると、前記認定事実に基づき、同事故当時における原告の年収額を金五〇〇万円と認め得ないではないというべきである。

(三) 以上に基づいて、原告の右休業損害額を算定すると、次の計算式のとおり金五一三万六九八六円となる(円未満四捨五入。以下同じ)。

五〇〇万(円)÷三六五×三七五=五一三万六九八六(円)

5  後遺障害による逸失利益(請求額金一七一八万六七五〇円)  金六八七万四七〇〇円

(一) 後遺障害としての右顔面神経麻痺の程度

(1) 原告には現在においてもなお舌の痺れ、右眼の開閉困難、痛み及び易疲労性、口角下垂等の症状が残存していること、原告がこれまで一貫して営業担当者として仕事を続けてきており、同職種に従事する者にとっては右症状の存在は仕事上の支障になり得るものであることは前記認定のとおりであり、また、証拠(原告本人の供述)によると、原告は、平成二年七月頃に正井商事を退職した後、他の営業関係の仕事を探したものの、顧客との応対に不都合であるなどとして不採用となったことがあり、また、現在も、右眼の開閉困難や易疲労性のため、長時間にわたる自動車運転等ができないことが認められる。

しかしながら、一方、証拠(甲八号証、一三、一四号証、乙三、四号証、水上医師及び水越鑑定人の各証言、本件鑑定)及び弁論の全趣旨によると、原告の右顔面神経麻痺の症状については、麻痺の程度を判定する顔面神経麻痺スコアによると、神戸市立中央市民病院における診療当初は、四〇点満点中わずか数点台であったところ、前記顔面神経減荷術後は麻痺の程度が相当改善し、平成二年二月二〇日及び同年三月二〇日の時点では二六点となり、同年四月一〇日の時点では三五点にまで改善するに至ったこと、また、水越鑑定人が本件鑑定の際に原告を診察した平成四年一〇月二七日の時点では、右スコアが二八点であったことが認められる。

(2) 右認定事実を総合して考えると、原告は、右顔面神経麻痺による後遺障害のために現実に労働能力の低下が生じていると認めることができ、そして、その程度については、右後遺障害の部位と内容、その回復の状況等からみて、自賠法施行令後遺障害等級一二級一二号「局部に頑固な神経症状を残すもの」に該当すると認めるのが相当である。原告及び被告双方の各主張のうち同等級に関して右認定に反する部分は、前記認定事実に照らし、いずれも採用の限りではない。

なお、原告の前記後遺障害のうち中心的な障害である右眼開閉に伴う症状について付加して述べておくと、眼瞼に関する障害については、同等級表上、「一眼のまぶたに著しい運動障害を残すもの」が一二級二号に該当するとされているところ、同号所定の著しい運動障害とは、労災保険に関する「障害等級認定基準(昭和五〇年九月三〇日基発第五六五号)」によれば、開瞼時(普通に開瞼した場合)に瞳孔領を完全におおうもの又は閉瞼時に角膜を完全におおい得ないものをいうとされているのであって、前記認定にかかる原告の右眼瞼に関する症状は未だ右状態の程度にあるとまでは直ちに認め難く、また、それに準じた程度のものであるとも認め難いから、結局、原告の前記後遺障害は、前記認定説示のとおり、右眼瞼に関する障害をも含めて全体として前記一二級一二号に該当すると認めるのが相当である。

(3) そして、以上の各事実といわゆる労働能力喪失率表所定の喪失割合をも斟酌して考えると、原告は、前記症状固定時(満五四歳)から就労可能な満六七歳までの一三年間にわたって、右後遺障害によってその労働能力を一四パーセント喪失したと認めるのが相当である。

(二) 以上の認定説示に基づき、前記認定にかかる原告の年収額金五〇〇万円を基礎として、中間利息の控除につき新ホフマン計算方式を用いて右後遺障害による逸失利益の現価額を算定すると、次の計算式のとおり金六八七万四七〇〇円となる。

500万(円)0.14×9.821=687万4700(円)

6  慰謝料(請求額合計金六〇〇万円)  合計金四〇〇万円

前記認定にかかる原告の受傷内容及び程度、原告の入通院期間、治療経過等を総合して考えると、原告の受傷による慰謝料は金一五〇万円が相当であり、また、前記認定にかかる後遺障害の内容及び程度と本件全証拠に現れた一切の諸事情を総合して考えると、原告の後遺障害による慰謝料は金二五〇万円が相当である。

7  以上の損害額の小計  合計金一六五三万二八一六円

三  過失相殺

1  前記「争いのない事実など」と証拠(甲一号証、一七号証、一八号証の一ないし七、一九及び二〇号証の各一ないし四、乙一六号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一) 本件交差点は、幅員5.1メートルの東西道路と幅員8.6メートルの南北道路(ただし、そのうち西側幅1.6メートルの部分は外側線で区分されている。)が交差する交差点であり、信号機による交通整理は行われていない(東西道路の東行方向については、同交差点西側において、一時停止規制がされている。)。

なお、制限速度は時速四〇キロメートルとされている。

(二) 同交差点の交通量は普通であるが、同南東角付近には植込みと看板が設けられているため、西行車両から左(南)方に対する見通し、また、北行車両から右(東)方に対する見通しはいずれも不良である。

同交差点付近では、道路はアスファルト舗装がされ、平坦であるが、本件事故当日は小雨が降っていて、路面は湿っていた。

(三) 被告は、前記日時頃、被告車を運転し、同交差点東方所在の交差点を南方から西方に右折して東西道路を西進し、本件交差点にさしかかったところ、同交差点東側手前約六メートルの地点で、日ごろ南北道路の交通量が東西道路の交通量に比べて少ないことに気を許し、加速して時速約二〇キロメートルの速度で進行を続けて同交差点内を通過しようとしたところ、同交差点入口付近に至って初めて、南北道路を北進してきた原告車を進路左前方約五メートルの地点に発見し、あわてて急ブレーキをかけたが間に合わず、同交差点中央付近において、被告車左前部を原告車右前部に衝突させた。

(四) 一方、原告は、その頃、仕事のため、原告車を運転し、南北道路を北進して同交差点にさしかかり、同交差点南側手前約一二メートルの地点で時速約一五キロメートルの速度に減速し、交通量の少なさから、そのままの速度で同交差点内を通過しようとしたところ、約一一メートル北進した地点で初めて、東西道路を西進してきた被告車を進路右前方約七メートルの地点に発見し、左に転把すると同時に急ブレーキをかけたが、間に合わなかった。

2  まず、右認定事実によると、原告及び被告が進行した各道路の幅員からみて、原告の進行した道路の幅員は被告の進行した道路の幅員よりも明らかに広いものであったということができる(道路交通法三六条二、三項所定)。

しかしながら、本件交差点が南東角付近で見通しがきかないことは前記認定のとおりであるところ、広路を通行する車両であっても、右のような見通しのきかない交差点に入ろうとする場合には徐行義務は免除されないと解すべきであるから(最高裁判所第二小法廷昭和六三年四月二八日判決・刑集四二巻四号七九四頁)、本件の原告についても、同法四二条一号所定の徐行義務(なお、徐行の意義については、同法二条一項二〇号参照)を負っていたものといわなければならない。

しかるに、前記認定の事実関係に基づくと、原告についても、その進行速度と態様からみて、本件交差点内に進入するに当たり徐行義務の履行に欠けるところがあったと認めるのが相当であり、この過失が同事故の発生に寄与したというべきである。

3  そして、前記認定の事実関係、殊に、交差する各道路の幅員、本件交差点内に進入するに当たっての原告及び被告の各走行方法と衝突直前の速度等を総合して考えると、原告の過失割合はこれを二五パーセントと認めるのが相当であるから、同割合に基づいて原告の損害額から過失相殺として控除すべきである。

それゆえ、被告の過失相殺の抗弁は、右の限度で理由がある。

4  以上に基づき、前記二7の損害額からその二五パーセントを控除すると、原告の損害額は、金一二三九万九六一二円となる。

四  損益相殺

被告が本訴において損益相殺の抗弁を主張する費目に対する当裁判所の認定判断は、以下のとおりである(なお、原告は、被告側から総額として金二〇二万円の損害の填補を受けたこと自体は争わない。)。

1  治療費(細田接骨院分)  金四一万七二四〇円

証拠(乙一四号証の一ないし四)によると、右治療費の填補の事実を認めることができる。

2  文書料(神戸市立中央市民病院分)  金六〇〇〇円

証拠(乙一四号証の五)によると、神戸市立中央市民病院分の文書料金六〇〇〇円については被告側から填補されたことが認められるが、協和病院分(金三〇九〇円)については右填補の事実を認めるに足りる証拠はない。

3  休業損害  金二〇四万三〇五〇円

証拠(乙一四号証の六ないし一四、一五号証、原告本人の供述)及び弁論の全趣旨によると、原告は、被告側から休業損害分として金二〇四万三〇五〇円の支払を受けたことが認められる。

4  以上の填補額を合計すると、金二四六万六二九〇円となる。

5  そして、前記三4の原告の損害額から右填補額を損益相殺として控除すると、原告の損害額は金九九三万三三二二円となる。

五  弁護士費用

本件事案の内容、訴訟の審理経過及び右認容額等を総合して考えると、本件事故と相当因果関係があると認めるべき弁護士費用の額は、金一〇〇万円が相当である。

六  結語

以上によると、原告の本訴請求は、被告に対し、金一〇九三万三三二二円及びこれに対する平成元年五月六日(本件事故日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官安浪亮介)

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